vol.1「彼女と〈仕事〉と角田光代」
取材日:2016年11月 場所:居酒屋「八兆」*1 文/編集:ふくちあつし
女であるってだけで、感じなくて良い引け目をたくさん感じてしまっているじゃないですか
――ミズノさんは角田光代さんの大ファンということですが、はじめて角田光代さんの作品を読んだのはいつ頃ですか?
ミズノ:えーと、今年の春くらいなのかな。角田さんが飼い猫のトトちゃんとのことを書いたエッセイ『今日も一日きみを見ていた』を読んだのが最初です。猫も人間の描写もその通りですごいと思って
――結構最近なんですね!そこから短期間で集中してガッツリと
ミズノ:そうそう、短期間でガッと
つばめ:すごい集中力!
――で、今まで読んだ中で一番好きなのが今日も持ってきてもらっている……
ミズノ:『私のなかの彼女』です
――どんなところに惹かれましたか?
ミズノ:いま「男女共同参画社会」っていうのをライフワークにしたいと考えていて、一昨年くらいから勉強をはじめたんですよね。でも「男女共同参画」って知識として理解するっていうよりも、実感として自分のなかに落とし込んでいくことが大事な分野だと思うようになって。そんなことを考えているときに『私のなかの彼女』を読んだらすごくしっくりきたんです
――主人公に共感した?
ミズノ:そうですね。あぁ、わかるなって。主人公の和歌は女であるってだけで、感じなくて良い引け目をたくさん感じてしまっているじゃないですか。仕事をすればするほど引け目を感じてしまうっていうか。彼女のおばあちゃんにしてもそうだったのかもしれないけれど。そういうところに、すごく共感しました。私自身もっと早く「男女共同参画」的な考え方を知っていたら、傷つかずにすんだり、逆に人を傷つけずにすんだりしたのかなっていう思いがあったので
――『私のなかの彼女』では「表現者」として張り合う男女の姿が描かれていましたよね。一方でミズノさんは鹿児島県内ではけっこう大きな企業で働かれていて、それもある種の戦いを勝ち抜いて得たポジションなわけじゃないですか。そのなかでやっかみというか、足を引っ張られたなと感じることはありましたか?
ミズノ:うーん、やっかみかぁ。受かってすぐには特に感じなかったかな。でもやっぱり働き出してみると、女性の方が簡単な仕事を割り振られているなってことには気づきましたね。「子どもを生んだ人のキャリアはこんなものか」「バリバリ働いてる人でもあの程度か」っていうのがすぐ見えて
――それはモチベーション下がりそうですね
ミズノ:それで「あ、これは結婚して子どもを産んだらこんなことになるんだ」って思って。バリバリ働いて、結婚もして、子育てもして全部できればいいと思ってたけど、実際にはなかなかそういう人はいなくて。子育てをしながら仕事はホドホドみたいな女性が多いのを見て、なんかそれはちがうなあと。
結論みたいになっちゃうけど、それって本来そうであっちゃいけないんだよね、男も女も。同じ人間だから。子育てもして、自分のやりたいことをして、自分の能力に見合った仕事を与えられるってのが当然与えられるべき権利だったはずなんだけど、それが男の人だけに与えられるって社会の仕組みがあったと思うんです。私自身も「そういうもんなんだろうな」って受け入れてしまっていたんだけどね
――受け入れてしまってたんですね
ミズノ:そう、受け入れちゃってたの!受け入れてたのが20代だった。一昨年「男女共同参画」っていうのを単なる言葉じゃなくて、実感として身に着けるまでは、やっぱりそういうものだと思ってたから
エアロスミスとかね
――「男女共同参画」の話から一端、もう少しプライベートな領域のお話しを聞かせてもらってもいいですか。『私のなかの彼女』では、大学生の和歌が恋人の仙太郎を通じて価値観を作り上げていくじゃないですか。こういうタイプのカップルって現実にも結構いる気がするんですが、ミズノさんはどうでしたか?
ミズノ:そういうタイプでしたね(笑)大学生のときの彼が車を好きだったから、私もすごいくわしくなった。それで運転もできるようになったっていう。おかげさまで。
――つばめ文庫さんで『島へ免許を取りに行く』の読書会*2をしたときにその話したらめちゃくちゃ盛り上がったのに!
ミズノ:あとはバンドとか。エアロスミスとかね(笑)
――じゃあエアロスミスをかけながらドライブするみたいな大学生だったんですね
ミズノ:うん、まあそんな感じでした(笑)恥ずかしいな、なんか
――その頃から小説とかたくさん読んでたんですか?
ミズノ:いやいや全然ですよ
――生まれも鹿児島ですか?
ミズノ:そうそう、市内だよ
つばめ:だからもうコテコテの鹿児島っ子なんだ
ミズノ:です!
――これ、めちゃくちゃ序盤に聞いとくべき質問でしたね
ミズノ:あははは
――構成ができてない(笑)
ミズノ:ふふふ、いきなり(笑)
――いきなりトップスピードで入ってしまった
つばめ:本題から入っちゃった。5速発進!めちゃ重いよ!
――ダメなインタビュアーですみません(笑)
「そうか、私が悪いんじゃないんだ」って
――えーと、じゃあ大学で勉強しつつ、彼氏さんと遊んだりっていう大学生活を過ごして社会人になったと。それで、キャリアの悩みとかはありながらも、一度は結婚されてるんですよね
ミズノ:そういうのが普通だと思ってたからね
――結婚したのがいくつのときですか?
ミズノ:25のときですね
――若い!それはエアロスミスの人と……?
ミズノ:ふふ、うん、そうですね。だからやっぱり大きな影響を受けた人なんですよ
――就活のときとかどうでしたか?さっきの足を引っ張りあってしまうという話じゃないですが
ミズノ:うーん、私がいまの会社に入れたことは普通に喜んでくれましたよ。でも彼はその年は就職できなかったんですよね
――仙太郎と和歌っぽい
ミズノ:まあ彼が就活浪人したのはそれなりの理由があって。なんでそこを受けたのっていう、ほとんど冗談みたいな感じで受けてたから。だからちゃんと翌年には就職が決まって。同じ業界だったんだけど
――同じ業界だったんだ。そこも和歌と仙太郎に少し似た関係ですね。期間としてはどれくらい結婚してたんですか?
ミズノ:えーと、9年かな
――長いですね!というか、じゃあ別れたの最近なんじゃ……
ミズノ:そうなの、だから一昨年かな
――けっこう最近じゃないですか!この話、もう少し聞いても大丈夫ですか?
ミズノ:もう大丈夫。去年とかだったらだとちょっと無理だったけど(笑)えっと、まず私が単身赴任することになってしまって。それがお互いにすごいショックで。それでやっぱり別々に過ごしているとそれなりにすれ違いが生まれてしまって。私は慣れない土地で、頑張らないと仕事にならないから、なんとか慣れるように努力してたんだけど、そうしているとそのうち楽しくなってくるわけですよ。というか楽しくなるように努力をしてたの。でも、どうもそれが気に食わなかったみたいで
――自分の知らないところで楽しそうにしているのがムカつくみたいな
つばめ:木綿のハンカチーフみたいだ。逆パターンの
――『私のなかの彼女』でも自分の彼女が自分の知らないところで頭角を現わしたり、注目されていたりすると、嫉妬せざるを得ないみたいな男の感情が描かれていますよね。そういうのもあったんですかね
ミズノ:まあ口には出さなかったけどね。分かんないな、それは
――仙太郎も決して口には出さないですよね。ただ気に食わなさそうなのがなんとなく伝わってくるっていう
ミズノ:彼も仕事がうまくいってないときだったから余計っていうのはあるかも。だから、それはほんとに申し訳なかった。一緒にいればその辛さが分かったんだけど、離れていたから分かってあげられなかった。私もはじめての土地で一生懸命生きてかなきゃってところだったから。それで単身赴任から帰ってきてすぐ離婚したのね。すごく残念だったんだけど
――先日の読書会は『くまちゃん』でしたけど、じゃあまさに「乙女相談室」は……
ミズノ:なのよ、だから!*5「乙女相談室」の人の気持ちはわかるなって
つばめ:そういうことだったのね。なんかそんな風に話してたから、わかる気がするって
――ほとんど同い年くらいですよね
ミズノ:そうそう!だから「股裂きの刑」とかすっっっごくよくわかるんですよ。「まさにそのとおり!」みたいな。もうほとんどアイデンティティの一部っていうかね。20代のころから一緒にいたから、もう確立されちゃってるの。それを剝がされるわけだから、ほんとに股裂きの刑ですよ。「メリメリメリ!」「アタタタタタタッ」っていう(笑)
――それは共感しますね
ミズノ:それで私も、「あっさり子供を作ってればよかったのかな」とか、「あのときキャリアにこだわらなければ良かったのかな」とか、「単身赴任しなければ良かったのかな」とか、自分を責めてしまっていたのね。でも「男女共同参画」っていう考えに出会ったときに、そもそも女性がやりたいことをできない社会っておかしいんだって気付けて。「そうか、私が悪いんじゃないんだ」って
――なるほど
ミズノ:でもそうは言ったけど、私は何かに依存して生きないとダメな人間だったんですよ
――それは今までですか?今は?
ミズノ:今までね。でも今は、依存してたから辛かったんだってことが分かって、依存しないで生きてくことができるようになりました
「これが当たり前」って価値観でもって「なんでまた」ってやられると辛いじゃないですか
――もしかして、本を積極的に読むようになったのも、そういう辛かった時期からだったりしますか?
ミズノ:そうそう!
つばめ:『今日も一日きみを見ていた』とかもその流れ?
ミズノ:『今日も一日きみを見ていた』はね、猫が元々好きだったんだけど。それこそ猫も、彼が好きだったんだけどね、影響された。元々は犬派でした(笑)
――そのころに読んで救われた本とかありますか?本じゃなくても構わないですが
ミズノ:えーとねぇ、江原啓之さんとかスピリチュアルの本が好きだった。あの人の本が一番救ってくれたかもしれない(笑)
――あー、ちょっと意外だけど、でもそういうもんなのかもしれないですね、そういうときって
ミズノ:なんかやっぱり、占いとかに頼りがちになるじゃないですか
――たしかにそうかもですね。鹿児島に帰ってこないで、単身赴任先に移住しちゃうって選択肢とかはなかったんですか?
ミズノ:私もほんとに向こうで暮らそうかなと思って。でもそれを知り合いに相談したら「人生で大事な決断は一度に2つするな」って言われたんですよ
――おお、名言ですね!
ミズノ:うん、周りの人には恵まれてます、おかげさまで。離婚するときは、私も色々な固定観念にとらわれてたから、「離婚だー。もうダメだー。ヤダなー。どうしようー」って悩んでて。そのときの職場の上司が女性だったんだけど、その人に「私、離婚するかもしれません」言ったんですよ。一応上司だから、報告として。その上司がなんて言ったかっていうと、出張の車の中でその話をしたら、「あっそう。……でさぁ」みたいな感じで言ったの
つばめ:一言で終わったんだ
ミズノ:そう!「あれー??」って。もっとなんかないんですかっていう
つばめ:それはすごいね
ミズノ:それで、そしたら「え、離婚しようがしまいがあなたはあなただし」っていう感じで。後から知ったんだけど、その上司は私に「男女共同参画」のことを教えてくれた人の一番弟子だったんですよ。もうだからサラッと
つばめ:「それはおかしいことじゃないでしょ」って言う感じなのかなあ
ミズノ:そうそう。それぐらいの感じで。「なんでまた」っていうような反応になるかなと思ってたから。だからそれがすごくうれしかったの。「あ、深刻なことじゃないんだって」
――あ、ぼくも仕事辞めた時とかそんな感じだったかも
ミズノ:「これが当たり前」って価値観でもって「なんでまた」ってやられると辛いじゃないですか。辞めても辞めなくてもあなたはあなたってことだったら楽じゃないですか
――そうっすよねえ
つばめ:確かにそうだなぁ。仕事の話になっちゃうけど、おれもそう言っちゃうよ。「あ、そう」で終わっちゃう
――「あ、そう。良かったじゃん好きなことやれば」みたいな
つばめ:やってるから、おれが(笑)
ミズノ:ふふふふふ。その方がありがたいよね
小説で救われたとすれば「あ、いろんな人がいるんだ」っていう。私なんてまだまだ大丈夫って思えるもんね
――さっきの質問の繰り返しっぽくなっちゃうんですが、小説に限定して、この作品に救われたっていうものが、もしあったら教えてください
ミズノ:うーん、なんだろう……。そう考えると小説を読んで救われたって感じたことってあんまないかもなあ
つばめ:あ、そうなんだ。小説は好きだし共感売る部分もあるけれど、救われたのはもっと具体的なアドバイスがあるもののほうが?
ミズノ:うーん、小説で救われたとすれば「あ、いろんな人がいるんだ」っていう。奇想天外な人が描かれてるじゃないですか。だから私もすごい大変だったけど、普通だなって思えたみたいな
――まさに角田光代さんの作品ですね。さまざまな悩みを抱えた人物が描かれていて共感的に読める
ミズノ:そいういう意味では救われてるのかも、角田さんの小説に
――共感できるって一つの救いでもありますよね。自分だけじゃないんだっていう
つばめ:だからファンになってるのかもね
ミズノ:かもしれない。私なんてまだまだ大丈夫って思えるもんね
子供がいない人なんていないじゃんか
――『私のなかの彼女』の話に戻るんですが、作中で和歌は「小説を書く」っていう軸みたいなものを見つけたじゃないですか。それでいうとミズノさんはどうですか。「これでいくぜ!」みたいなものっていま自分の中にありますか?
ミズノ:いまの仕事は色々なことができるから、すごい私の性格にあってると思うし、とてもいい仕事だなって思ってるんですよ。もちろんそれはそれとして、ライフワークとしての「男女共同参画社会」。あと人権にもかかわっていきたいなって思ってますね
――人権ですか
ミズノ:人権って同和問題とか障碍者とか高齢者とか、人に対する人権は勉強するじゃないですか、知識として。でも意外とみんな自分の人権っていうのをあんまり考えてなくて。それはもちろん利己的っていうんじゃなくて、「私は私だからそれで大丈夫なんだ」みたいな感覚のことで。もっと自己肯定感を大事にしていかなきゃいけないんじゃないかなと思っていて
――自己肯定感、大事ですね
ミズノ:私自身がすごく自分を肯定できたことがほんと最近あって。ウチの近くの小学校で運動会の練習をしてたんです。そしたら子供がすごく少なくてね。「これが少子化か!」思ったんですよ
――実感として腑に落ちたんですね
ミズノ:そうそう。でもそれと同時に頭のどこかで「お前も産め!」っていう声がすごい聞こえたんですよ。「だったらお前も産め」って言われたような気がして。だからどこかで子供を産んでいないことに引け目を感じている自分がいるんだなって思って。それで、そのあと友達と会ったときにその話をしたんですよ。その子は2人子供がいるんだけど、子供を産んだときに親から「子は授かりものだ」って言われたって話をしてくれて。それは「天からの授かりもの」っていう意味じゃなくて、自分の子であって自分の子じゃないっていう考え方なのね。みんなの子なんだよっていう。あなたの子でもあるけど、あなたの子ではなくて
つばめ:もっと社会的な
ミズノ:そう。社会的なものとして授かった子だから、だからみんなで育てていかないといけないよっていう考え方で。それで「そういうことか!」と思って。私は子供を産まなくても、ほかの子のためにできることはいくらでもあるし、子供を育てることはできるんだって、最近気づいたんです。だから、子供がいない人なんていないじゃんか、って。
つばめ:そうだよねぇ。みんなで育てるって考えたら、そうだよ
ミズノ:それで、そういう自己肯定的なものとしての人権意識を、子供たち知識として教えるんじゃなくてワークショップを通じて実感的に知ってもらおうっていう活動があって。私も来年以降は勉強をして、子供たちが自己肯定感を高めることのお手伝いをボランティアとしてやっていけたらいいなと思ってます